大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成5年(ワ)3928号 判決

主文

一  被告は、原告に対し、金七八六万五七二五円及び内金七一六万五七二五円に対する平成三年五月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

理由

第一  請求

主文同旨

第二  事案の概要

本件は、被告社員の勧誘によつて外貨建ワラントを購入した原告が、被告に対し、勧誘行為について、後記のとおりの違法があつたとして、民法七〇九条による被告自身の不法行為責任、もしくは民法七一五条による使用者責任を理由に、ワラント購入代金相当額及び弁護士費用の損害賠償を求めた事案である。

一  前提事実

1  原告は、大正九年一一月二六日生れの医師であり、甲野クリニックを開設している(争いがない。)

2  被告は、証券取引法に基づく大蔵大臣の免許を得て有価証券の売買を業とする証券会社である(争いがない。)。

3  田中久雄(以下「田中」という。)は昭和六〇年四月一日に被告に入社し、平成元年六月から現在に至るまで被告の枚方支店に勤務している。

4  ワラント(新株引受権証券)とは、一定期間(行使期間)内に一定の価格(行使価格)で一定の数量の新株式を購入することができる権利が付与された証券のことをいう。

ワラント債(新株引受権付社債)とは、ワラント(新株引受権証券)付きで発行される社債であり、ワラント部分と社債部分を切り離せる分離型と切り離すことができない非分離型とがあるが、分離型のワラント債の発行後にワラントと社債権を分離した場合、ワラント部分だけが単独で流通する。

ワラント債を発行通貨別に分類すると、国内で発行される円建てのものと、外国で外貨建てで発行されるものとがあり、現在外国で発行されている日本企業のワラント債としては、ヨーロッパ市場で発行されるユーロ・ドル建てのものが多数を占めている(争いがない。)。

5  原告は、平成三年五月一日、権利行使期限を平成元年五月九日から平成五年四月六日とする日本信販の外貨建てワラント(以下本件ワラントという。)一〇〇単位を単価一〇・五ポイントで購入し、同月八日、代金七一六万五七二五円を支払つた(争いがない。なお、原告の買付注文がなされたのが平成三年四月二五日か同年五月一日かについては、後記のとおり争いがある。)。

6  原告の本件ワラント購入についての被告の担当者は枚方支店の田中であつた(争いがない。)。

7  原告が本件ワラントを購入した当時、権利行使期間が約二年間経過しており、権利行使価格(一株一三四三円)が株価を二〇〇円以上、上回つていた(争いがない。)。

二  原告の主張

1  証券会社の責務と自己責任原則

(一) 証券会社の責務

証券会社は証券取引の専門家であり、知識、経験、情報等のいずれの点においても一般投資家に比して著しく優越した地位にある。したがつて、証券取引においては、「売り手注意の原則」に立脚した投資家保護の確保が極めて重要な法理念とされており(いわゆるレッセ・フェールの修正)、証券会社は顧客たる投資家に対して忠実義務を負い、誠実かつ公正に業務を遂行すべき高度な業務上の注意義務を課せられている。右のことは、明文になくとも証券会社の地位や証券取引の性質から当然に導びかれるものであり、我国も参加している証券監督者国際機構の行為規範原則にもその旨明記されており、誠実、公正義務は、平成四年の改正時に、証券取引法四九条の二に明記されるに至つた。

(二) 自己責任との原則

自己責任原則が証券取引における基本原理であることは言うまでもない。しかし、自己責任原則は、単に投資家の責任根拠ないしあるべき投資態度としての意義を有するものではなく、およそ証券取引に関与する者は、投資家の自己責任による取引を制度的に保障し、現実に確保しなければならないとの重要な命題を含んでいる。何となれば、投資家の自己責任による取引は、投資家が自らの責任において合理的な投資判断を行うための前提条件が整つている場合にのみ実現されうるものであるからである。証券会社は、免許会社たる地位や投資家に対する関係での圧倒的優位性と信頼に鑑み、また、投資家保護の理念に照らし、このような前提条件を確保すべき責務を負担している。したがつて、証券会社がこのような前提条件を踏みにじる違反行為を行つた場合に、これを正当化するために自己責任原則を持ち出すことは許されない。

2  ワラント取引の問題点

(一) ワラントは、いわば権利行使期間中に株価が権利行使価格を上回るか否かにすべてを賭けるギャンブル性の強い商品である。ワラントの時価の動きは、理論的には株価の変動に連動するが、その変動は株価の何倍にも達する。この意味で、ワラントは著しいハイリスク・ハイリターンな商品である。

(二) ワラントは、他の証券投資における商品とは比較にならない独自のシステムと難解さ、投機性の高さを有するのに対し、ワラントの特異な商品特性についての周知性は欠如している。

3  外貨建ワラント取引の問題点

(一) 外貨建ワラントは、極端に投資家への価格情報が欠如し、かつ価格形成が不透明な商品である。

(二) 外貨建ワラントは、通常の株式取引とは異なり、顧客の売買の当事者が証券会社であるという相対取引(店頭取引)で取引が行われる。公的な相場価格がないために価格決定過程は極めて不明朗であり、結局は、顧客は、購入価格、売却価格ともに、当該証券会社が決定した価格でしか取引を行うことができない。

(三) 公的な相場価格がないため、一般投資家が投資判断の根拠とすべき日日の価格、売買状況、株価との連動状況等の情報は、全く開示されていないか、されていても極めて不完全である。

4  本件ワラント固有の問題点

(一) 株価と権利行使価格の著しい差異

本件ワラントの権利行使価格は一三四三円であつたのに対し、原告が本件ワラントを購入した当時の株価は一一一〇円であり、したがつて、端的に言えば、株価が二三三円(購入当時の株価の約二一パーセント)上昇しない限り、理論的には必らず無価値になる商品だつた。

また、本件ワラントは、一ワラントにつき五〇〇株の引受付権が付与されていたので、本件一〇〇ワラントの引受株数は五万株であり、したがつて、一株当たりのワラント購入コストは、

七一六万五七二五円÷五万=一四三・三一四五円であり、手数料や税金を度外視してすら、本件ワラントについて権利行使をして採算があうためには、株価が権利行使価格である一三四三円に右の一四三・三一四五円を加えた額を上回る必要、すなわち、一四八七円に達する必要があつたものであり、本件ワラントは、実に株価が三七七円(購入当時の株価の約三四パーセント)を上回る上昇をみせなければ、理論的には(あるいは、転売せずに保有し続ければ)利益を生じることがありえない商品だつた。

(二) 期限の切迫と株価との連動性の欠如

本件ワラントは、原告の購入当時、既に権利行使期間の半分が経過しており、残存期間は約一年一一か月であつたが、実質的には、最後の一年は値付けがなされず、転売が不可能となるため、転売が可能な期間は僅か一一か月であつた。

そもそも、ワラントは、期間に余裕があればこそ、期限までに株価が行使価格を上回ることへの期待値であるプレミアムが形成されるのであり、期限が切迫するほどにプレミアムは減少し、ワラント価格は下落していく。

したがつて、本件ワラントは、株価が極端に上昇しない限り、確実に価格が下落し、行使期限の到来を待たずに無価値へと近ずいていく特質を有していたといえる。

5  違法性

(一) 適合性原則違反

(1) 外貨建ワラントの取引自体、商品内容や取引態様の著しい問題点から、原則として、一般個人投資家に適合しない取引といえる。

(2) さらに、原告の属性、特に、投資経験や証券取引についての知識、投資意欲、年令と新しい商品に対する理解能力と4で述べた本件ワラントの特性に照らせば、本件ワラント取引に原告の適合性を肯定することはできない。

原告は、開業医であるものの、証券取引について格別の経済知識を有しているものではなく、過去には僅かの数量、回数の現物株式取引を経験していた程度であり、証券取引に関しては素人同然であつた。しかも、原告は、本件ワラント購入当時七〇歳に達していて、これまでの自らの知識や経験とは異質の新しい商品を理解する能力は減少していた。

このような点から考えて、田中の勧誘行為は適合性原則に違反する違法性行為であることは明白である。

(3) 適合性原則は法的義務たる性質を有しており、適合しない取引の勧誘により投資家に損害を生ぜしめた場合、証券会社は、投資家に対して、損害賠償責任を負うものである。

(二) 説明義務違反

(1) 取引開始前の適切な情報開示は、業者と投資家との対等な取引条件を確保し、投資家の自己責任による取引、合理的な投資判断を可能にする制度的前提といえる。投資行為の最も基本をなす商品の内容及び取引態様についての十分な説明とこれを投資家が理解したことの確認は、いわば投資勧誘の最低限の前提であり、自己責任原則が妥当する前提条件である。

(2) 外貨建ワラントは、既述のとおり、著しい投機性と難易高度の問題点を有する商品であり、一般投資家への適合性を認め難い商品である。

したがつて、外貨建ワラントを一般個人投資家に勧誘するに際しては、慎重にも慎重を尽した説明とこれを理解したことについての確認が必要である。

外貨建ワラント取引における説明義務の範囲、内容としては、

(イ) 権利行使期限の到来により無価値となること

(ロ) ワラントの価格は、権利行使価格と株価との関係及び残存権利行使期限を基礎に激しく複雑に変動すること

(ハ) 株価が権利行使価格を下回れば、理論価格は零となり、この場合は、期限内に株価が権利行使価格を上回ることの期待値であるプレミアムのみによつて価格が形成されること、したがつて、期限到来前でも無価値同然となることがあること

(ニ) 引受権を行使して株式を取得するには、別途株金の払込が必要であることと具体的な払込代金額

(ホ) ポイント、社債額面、為替レートを乗じた時価算定方法

(ヘ) 為替リスクの存在

(ト) 取引態様としては、店頭取引、相対取引であり、したがつて、証券会社自身が顧客に直接販売する形態で取引され、仕入値と売値との差額が証券会社の利益となること、取引所の市場で価格が形成されるものではなく、業者間の気配値が発表されているにとどまること

などが必要、不可欠である。

(3)(イ) 原告は、既述のとおり、素人同然の一般個人投資家であり、さしたる取引意欲も有さず、特に投機的取引への指向はなかつたし、ワラントについての基礎知識を全く持つていなかつた。そして、原告は田中の本件ワラント取引の勧誘を拒絶していた。

(ロ) 田中は、日本信販の株が間違いなく値上がりすると考えており、本件ワラントについても、株価とワラント価格は連動すると説明している。

(ハ) 田中は、ワラントとワラント債とを混同しており、原告に対して、ワラント債なる言葉を用いて勧誘していた。原告は、田中のワラント債という商品名と株を取得できる権利との説明により、本件ワラントを転換社債のようなものであると考えた。

(ニ) 株を取得する際の代金については、田中からは、「追加すればいい。」との話があつただけで、ワラント購入代金とは別個に、株式購入代金が必要であり、金額が多額であることの説明はなかつた。その結果、原告は、転換社債と同様に、ワラント購入代金は株式購入代金に充当され、いくらかの追加出資をすれば、株式が取得できると誤信するに至つたものである。

(ホ) 田中は、原告に対し、新規発行のワラントと期限の迫つたワラントの著しいリスクの程度の相違を理解しないまま、本件ワラントについて新規発行のものと同様の十分な権利行使期間を前提とした誤つた説明を行つている。右の延長として、田中は、本件ワラントが一一一〇円の株を一三四三円で買う権利であることや本件ワラントの理論価格が零であり、この時点でのワラント価格はすべて将来の価格上昇への期待値たるプレミアムであり、かかるプレミアムは、権利行使期限が近ずくに連れて減少すること、本件ワラントは、既に四年の権利行使期間のうち半分を経過し、しかも、最後の一年はプレミアムが付かないため、値付けもされず、売却できなくなることを説明していない。権利行使価格について、田中が行つた説明は、株価が権利行使価格に達すれば、ワラント価格は二〇ポイントとなり、これをこえれば三〇ポイントになるとの誤つたものである。

(ヘ) 田中は、権利行使期限が到来した場合のリスクについては、具体的な説明をしていない。

(ト) 田中は、本件ワラント取引が相対取引であることやワラント価格の単位であるポイントの意味や価格計算方法については全く説明をしていない。

(チ) 田中は、原告に取引説明書を交付していない。取引に関する確認書の署名捺印が原告によつてなされたものであるとしても、単に田中の要請により形式的に徴求されたにすぎず、説明書が交付されたとか、原告がワラント取引について十分に理解したことを意味するものではない。また、田中は、本件ワラントのような外国証券の取引の基本契約書として種種の合意事項が記載され、取引を行うに当たつて不可欠の書類である外国証券取引約諾書すら徴求していない。さらに、勧誘時には、被告作成のパンフレットを原告に交付していない。右パンフレットは、原告が平成三年一〇月にクレームを付けた後に送付されたものである。

(リ) 以上のとおり、田中の説明義務違反は明らかである。田中が本件ワラント取引について必要な事項を具体的かつ正確に説明していたならば、原告が本件ワラントを購入しなかつたことは明らかである。田中の説明義務に違反した勧誘行為は著しく強度の違法性を帯びるものである。

(三) 断定的判断の提供

田中は、日本信販の株価が上昇すると信じ込み、かつ、本件ワラントの価格は株価に連動すると誤信しており、本件ワラントは必ず利益を出して売却できると確信していた。その結果、田中は、原告に対する執拗な勧誘において、株価は上昇し、ワラントはそれ以上の値上がりをみせるので、「必ず儲けさせてあげる。」との断定的判断を提供した。

原告は、このような断定的判断を用いた執拗な勧誘により、その危険性を理解できないまま購入を承諾するに至つたのであり、右断定的判断の提供は、極めて強度の違法性がある。

(四) 損害拡大の放置、助長

田中は、原告の本件ワラント購入後のワラント価格の下落と早期売却の必要性を原告に告知していないのみならず、平成三年一二月には、まだ利食えるところもあるとの誤つたアドバイスをしている。そのため、本件ワラントの著しい危険性を認識できていなかつた原告は、転売の機会を失い、本件ワラント購入代金全額の損失を被るに至つた。

このように、本件ワラント購入後の田中の情報提供義務違反や誤つた助言が、他の違法要素と相まつて、もしくはそれ自体独立に、強度の違法性を生ぜしめている。

(五) 以上の、田中ないし被告の一連の行為は、各個別に既に述べたとおりの強度の違法性を有するとともに、全体として社会的相当性を著しく逸脱するものであり、不法行為が成立する。

6  なお、被告は、本件ワラントの確定的注文は、平成三年五月一日と主張するが、既に同年四月二五日の段階で、原告の確定的承諾は得られている。約定日が五月一日にずれ込んだのは、田中ないし被告が自らの利益を効率にするために操作したものである。

7  過失相殺

原告の属性、田中の説明内容、事後の情報提供、助言の実態に照らすと、原告に責められるべき点は存しない。本件においては、過失相殺をすべきではない。

三  被告の主張

1  一般平均人としての思慮分別のある顧客が証券会社の取り扱う商品を購入する場合、第一次的には、当該顧客が商品の基本構造、性格、リスク等を判断して購入するかしないかを判断すべきであり、購入に際して、顧客の求めに応じて当該商品について説明したり、資料を提供したりすることがあるとしても、本来、これらの行為は証券会社の営業政策上の便宜提供と位置付けるべきである。

2  株式取引に比べてリスクの大きいワラントなどの商品を証券会社から顧客に対し、積極的に購入を勧誘するに際しては、単に、断定的判断の提供をするなどの作為にとどまらず、当該商品の性格、とりわけ、リスクの存在について告知しないという不作為が証券会社の営業のあり方として相当性を欠く場合もないとは言えない。当該顧客の証券取引に関する知識や経験、投資性向、顧客の一般的判断能力の内容、程度、資産状況等の顧客の属性を前提として、ワラント購入に至つた経緯、例えば、ワラントを選択した経過、勧誘の方法、ワラントに関する説明の内容、程度、顧客のワラントに対する関心、質疑応答の経過、購入単価と購入額等に照らして、証券会社の勧誘、説明の内容、程度が顧客の投資判断を殊更に歪め、当該取引の結果を顧客に帰属させることが社会的に許容できないような事情、すなわち、通常の証券取引として社会的に許容できないような特段の事情のあるときは、ワラントを購入させたこと自体が不法行為法上違法と評価されることがあるとしても、かかる特段の事情の存しない場合にまで、当該顧客が自己の判断と責任において購入した証券について、たまたまその後の株式市場の動向や経済情勢の変化等により当該顧客に損失が発生したとしても、その損失の負担を証券会社に安易に認めることは相当ではない。

3  原告は、本件ワラントの購入時、七〇歳であつたが、甲野クリニックを経営する現役の医師であり、経済取引に関する平均的理解に不足するような特別事情は存しなかつた。また、原告は、NTT、三井石油化学、アラビア石油、島精機製作所等の株式売買を経験しており、証券投資についてそれなりの知識と経験があつた。

4  田中は、平成三年四月二二日、枚方支店渡辺和雄営業課長と一緒に原告の診療所を訪問して原告と面談し、日本信販ワラントの購入を勧誘した。右勧誘については、チャートブックを示して、会社の業績、成長性、過去の株価の推移、これに伴うワラント価格の変動や株式に比べてハイリターンだが、ハイリスクであることなどを説明した。

5  田中は、同月二五日、原告の診療所を訪問して原告に面談し、ワラントに関して説明した資料(乙5あるいは6のいずれか)を原告に交付するとともに、ワラントについて口頭で説明した。その際、田中は、日本信販の時価の推移、その変動理由やワラントの価格との関連を説明した。それとともに、田中は、手持ちの紙の裏面に、株価とワラント価格の関連性を示したグラフを書いて原告に示した。右グラフの作成に関連して、日本信販ワラントの行使価格、権利行使期限や期限を経過すると無価値になることを説明するとともに、残存期間一年を残して処分すべきで、半年位の間に売却するとよい旨説明した。その結果、原告は、本件ワラント一〇〇単位を購入する意向を示し、その後、休み明けに買付けることになつた。

6  原告は、性格的に極めて慎重で、証券会社の説明することを鵜呑みにせず、自らその説明を確認する性癖を有している。田中は四月二二日、同月二五日の他に、同月二三日にも原告に本件ワラントについて説明をしその結果、原告は、同年五月一日に確定的注文をしたのであるから、原告は、ワラントの商品性格について十分に検討する時間的余裕があり、十分に検討したうえ本件ワラントを購入したと推認できる。

7  以上のとおり、田中は、本件ワラントの勧誘に際しては、殊更虚偽の説明をしたり、説明すべき事実を隠したり、原告の質問に答えなかつたりしたことはなく、原告の投資判断に資するに足りるだけの説明を口頭で行うとともに、原告の求めに応じて説明資料を交付している。

一方、原告は、原告の証券取引に対する知識、経験、一般平均人以上の分別と判断力、投資に対する慎重な性格、事実確認を怠らない性格等の原告の属性に照らすと、本件ワラントを購入するか否かについて、適切な判断ができなかつた事情やその判断を歪めるような事情は存しない。原告としては、田中の勧誘を断ることは簡単であり、かつ全く支障がなく、理解できなければ更に質問をくり返すことも可能であつた。

したがつて、被告が原告に本件ワラントを販売したというごく普通の証券会社の行為が、取引全体として不法行為法上、違法と評価されるような社会的に許容できない行為でないことは明らかである。

8  過失相殺及び損害

仮に本件ワラントの販売行為が違法としても過失相殺すべきである。

また、原告は、遅くとも、平成三年一〇月中旬ころには、本件ワラントが無価値になるかも知れないとの情報を得ていたのであるから、いつでも本件ワラントを転売することができたものであり、そうすると、平成三年一〇月当時の時価である四ないし五ポイント(為替を一ドル一三〇円とすれば、時価は二六〇万円ないし三二五万円程度)で売却可能であつた。

原告が平成三年一〇月以降も本件ワラントの保有を続けたのは、田中の何らかの助言があつたとしても、原告自身の判断に基づくものであつたから、本件ワラントの購入代金全額を損害とするのは失当である。

四  争点

1  原告が本件ワラントの買付注文をしたのは平成三年四月二五日か、それとも同年五月一日か。

2  本件ワラントの勧誘について、田中に不法行為を成立させる違法行為があつたか。

3  右2が認められた場合、被告に田中との共同不法行為あるいは使用者責任が認められるか。

4  右3が認められた場合の原告の損害はいくらか。

5  過失相殺の可否

第三  争点に対する判断

一  争点1について

原告が本件ワラントを確定的に買付けるとの意思表示をしたのは、平成三年四月二五日(以下、断らない限り、年は平成三年であるので、平成三年の記載は省略する。)ではなく、五月一日であると認められる。

原告は、四月二五日に、買付けの確定的な意思表示をしたと供述し、原告自身も右主張に合致する供述をする。しかし、原告は、四月二五日に、本件ワラントを購入するとの意向を事実上示したものの、それは、翌二六日の取引日に買付注文をするという確定的なものではなく(四月二五日に原告と田中が面談したのは、午後八時ころからであるので、同日に取引することはできない。)、連休明けに買うとの趣旨にとどまるものであつたと認められる。

なお、現実の取引は、連休明けではなく、連休期間中の中間時である五月一日に行われているが、このように予定が変更されたのは、本件ワラント価格の推移(《証拠略》によれば、本件ワラントの価格は、四月二六日から五月一日まで僅かずつではあるものの、上昇している。)が理由ではないかと推認される。

右の点につき、原告は、被告が取引手数料を得るため、五月一日まで原告の買付注文を実行しなかつたと主張するが、右主張を認めるべき証拠はない。

二  争点2について

1  前提事実4からもわかるように、ワラントは、株式などとは異なり、その仕組みが複雑で、価格形成システムも必らずしも十分とはいい難いうえ、価格の変動も株式などよりはるかに大きく、いわゆるハイリスク、ハイリターンな商品といえる。一般投資家にとつては、株式などに比べ、極めてなじみの薄い商品であり、一般投資家がその価格変動についての情報を入手することはなかなか容易ではない。

さらに、外貨建ワラントの場合は、その取引は、証券会社との相対取引であり、公的な相場価格がないため、価格決定経緯が不透明であることは否定できない。また、投資家への価格情報が欠如している。

したがつて、一般投資家に外貨建ワラントの取引を勧誘する場合には、株式取引などに比べ、より一層、正確な知識と情報を十分に説明し、できるだけ、ワラントについての理解が十分に得られるよう努めるべきである。

一般投資家がワラントについての理解がないか、あるいは自己の権利を守るために必要な理解をしていないような状況で、取引を勧誘し、取引を成立させるようなことは慎しむべきといえる。

2  右に加えて、本件ワラントの取引の勧誘については、本件ワラントの固有の問題である次の点に十分注意する必要がある。

(一) 原告が本件ワラントを購入した五月一日時点では、本件ワラントの権利行使価格は一三四三円であつたのに対し、日本信販の株価は一一三〇円であつた(一部については争いがなく、その余については乙一六)。

したがつて、本件ワラントは、原告の購入時には、一一三〇円の株を一三四三円で買う権利であり、株価が二一三円上昇しない限り、理論的には無価値になる商品であつたといえる。

(二) 原告が本件ワラントを購入した当時、権利行使期間が既に約二年間経過しており(前提事実7)、権利行使の残存期間は約一年一一か月しかなかつた。

したがつて、実質的には、最終期限の一年は価格がつけられず、売却が不可能となるため、売却が可能な期間は約一一か月しか残つていなかつた。

3  原告の取引経験、被告との取引状況

(一) 原告は、平成元年四月、被告との取引でNTT株四株を購入し、以後、三井石油化学、アラビア石油の現物株取引を行つている。被告との取引前には、他の証券会社と現物株取引を行つた経験があるが、取引は、回数も少なく、金額も大きいものではなかつた。なお、被告によつて、原告名義の顧客カードが昭和五七年作成され、右顧客カードには、原告が昭和五七年一一月に被告との取引を開始したと記載されているが、右原告名義の取引は、原告自身が行つたのではなく、原告の妻花子が原告の名義を使つて行つたものであり、原告は原告名義による取引が行われていることを知らなかつた。

(二) 原告は、証券取引について特別の知識を有しておらず、また、株取引についての研究などはしていない。ワラントについての知識もなく、ワラント取引は本件が初めてである。

4  適合性違反について

右3で述べた原告の投資経験や証券取引についての知識の程度、特にワラントについての知識が全くなかつたこと、本件ワラント固有の問題点、原告の年令などを考えると、本件ワラントの取引を原告に勧誘することは、適合性の原則に違反しているといわざるをえない。

5  説明義務違反について

(一) 本件ワラントの取引に至る経緯は以下のとおりであつたと認められる。

(1) 田中は、四月一八日、原告の医院を訪れ、弘電社の株式、中小型ファンドとともに、本件ワラントの勧誘を行つた。原告は、ワラントについての知識もなく、ワラントについて理解することができなかつたため、ワラントの勧誘は断つた。

(2) 田中は、四月二二日、上司の渡辺和雄営業課長と一緒に原告の医院を訪れ、原告が四月一九日に売却した島精機製作所の株の売却益で新たな証券取引を行うことを勧誘した。田中と渡辺は、まず、被告のスポット商品である中小型ファンドの勧誘をしたが、原告が余り興味を示さなかつたので、弘電社の株式と本件ワラントについて説明し、取引の勧誘をした。ワラントについての説明は、ワラントという商品は、ハイリスク、ハイリターンな商品であるという程度であり、原告は、ワラントについて理解した様子ではなかつた(なお、右認定に反する渡辺及び原告の供述は措信し難い。)。

(3) 田中は、四月二三日、原告の医院を訪れ、中小型ファンドの購入を必死になつて勧誘した。その結果、原告はようやく中小型ファンドの購入を承諾した。その際、田中はワラントについても説明したが、原告がワラントについて理解することができなかつたため、四月二五日に改ためて、ワラントについての説明をすることにした。

(4) 四月二五日の勧誘状況

(イ) 四月二五日午後八時ころ、田中は原告の医院を訪れ、本件ワラントの購入を勧誘した。この時、田中は、ワラントとワラント債とを混同しており、ワラント債の言葉を用いて勧誘した。ワラント債という言葉と新株を引き受ける権利を取得するとの田中の説明によつて、原告は本件ワラントを転換社債のような商品であると考えた。

(ロ) 田中は、日本信販の株価は値上りすると考えていたうえ、本件ワラントの株価は日本信販の株価に連動し、日本信販の株価が下がらなければ本件ワラントの価格も下がらず、日本信販の株価が上がれば本件ワラント価格も大幅に上がると誤解していた。そのため、田中は、原告に対し、日本信販の株価の推移及び本件ワラントの価格が株価に連動するとの点について、かなりの重点を置いて説明した。

(ハ) 原告は、このような田中の説明によつて、日本信販の株価が下がらなければ本件ワラントの価格も下がらず、したがつて、損をすることはないと考えた。

(ニ) 田中は、前記2で述べた本件ワラント固有の問題点を正確に理解していなかつた。そのため、田中は右の点を原告には説明していない。

(ホ) 本件ワラントの権利行使期限について、田中は、「二年程たつたら終了する。それまでに本件ワラントを売却するか、最終的には転換社債のように、新株を引き受ければよい。」と説明したのみであつた。

(ヘ) 株式を取得する場合の代金について、田中は、「追加すればよい。」と説明したのみで、それ以上の説明をしなかつた。そのため、当然のことながら、本件ワラントの購入代金とは別に、株式の購入代金が必要で、かつ、右購入代金は極めて多額になるとの説明は一切なかつた。その結果、原告は、本件ワラントの購入代金に二、三〇〇万円を追加すれば、株式を買うことができると思つた。

(ト) 田中は、本件ワラント取引が相対取引であることについては何ら説明しなかつた。そのため、原告は、本件ワラントの銘柄からして、本件ワラントを上場商品であると誤解した。

(チ) 田中は、ワラント価格の単位であるポイントの意味や価格計算方法について説明しなかつた。

(リ) 田中は、原告に、外国新株引受(外貨建ワラント)取引説明書を交付していない。

また、田中は、本件取引について、原告から、外国証券取引約諾書を徴求していない。

(二) 以上の認定によれば、田中は、原告に対し、本件ワラントの購入を勧誘するについて、原告がワラントの取引を理解するために必要な説明を十分にしたとは認められず、説明義務違反があるというべきである。

(1) まず、田中自身がワラントについての正確な知識を有し、ワラントの仕組みを十分に理解していたとは到底いえない。前記(一)の(4)の(イ)、(ロ)、(ニ)でみた田中の理解は明らかに誤つている。

右の点からみて、そもそも田中が原告に、本件ワラント取引についての説明義務を尽すこと自体が困難であつたといわざるをえない。

(2) 本件ワラント取引の勧誘においては、何よりも、前記2で述べた本件ワラント固有の問題点を、十分に、かつ、原告が理解できるまで説明することが必要である。本件ワラントの権利行使価格が日本信販の株価を二〇〇円以上も上回つており、したがつて、本件ワラントは一株式を二〇〇円以上もの損失をして買う権利であること及び残された権利行使期間は約一年一一か月しかなく、プレミアムは期限が近ずくにつれて減少し、しかも、行使期限が一年を切ると、売却できなくなることを、ワラントについての知識を有していない原告が理解できるよう、説明すべきであつた。右に述べた本件ワラントの危険性を理解しうるだけの情報の提供があつて、はじめて説明義務が尽されたといえる。

しかるに、右の点について、前記(一)の(4)の(二)で認定したように、田中は原告に全く説明していない。このことだけでも、田中には、説明義務違反があるということができる。

(3) 以上に、前記(二)の(4)の(ヘ)ないし(リ)の事実を加えると、田中の説明義務違反は優に肯定しうる。

6  断定的判断の提供について

本件ワラントの取引の勧誘において、田中は、原告に、「必らず儲けさせる。損はさせない。」との趣旨のことを言つたと認められる。

田中自身が、日本信販の株価は値上りすると思つていたこと及び本件ワラントの価格はあくまでも株価に連動すると誤解していたことからみても、右認定は裏づけられるといえる。

7  損害拡大の放置、助長について

本件ワラントの価格は、原告が本件ワラントを購入後下落する一方であつたが、田中あるいは被告から、原告に対し、積極的に本件ワラント価格についての情報や売却時期についての助言を提供することはなかつた。

原告は、一〇月初めに週刊誌の記事を読んで本件ワラント取引について不安を覚え、同月三日、田中に苦情を申し入れたが、それまでは、田中あるいは被告から、本件ワラント価格が下落しているので早期に売却しないと損失が大きくなるとの情報提供や助言はなかつた。

右の認定によれば、田中あるいは被告は、原告に対し、本件ワラントの取引後、本件ワラントに関する的確な情報を提供しておらず、そのため、原告は、本件ワラントの売却の機会を逃し、損失を被つたといえる。

8  以上の1ないし7で述べたところを総合して判断すると、田中の原告に対する本件ワラントの勧誘行為は、全体的に違法性が強く、民法七〇九条の不法行為に該当するというべきである。

なお、証券取引における基本原理である自己責任の原則との関係について触れると、自己責任の原則は、証券会社が一般投資家に対し、自己責任を負えるだけの判断材料を提供し、投資条件を整備して初めて妥当する。

しかし、田中の勧誘行為に照らすと、本件では、投資条件が整備されたということはできず、したがつて、自己責任の原則は、その前提を欠き、妥当しないといわねばならない。

三  争点3について

被告には、田中の使用者として、民法七一五条の使用者責任がある。

四  争点4について

原告が一〇月初めに週刊誌の記事を見て、本件ワラント取引に不安を覚え、田中に苦情を申し入れたことは前記二の7で認定したとおりである。

しかし、その後も、原告は、田中から、「儲けるチャンスがある。任せて欲しい。」などと言われ、また、一二月ころに田中から送付された価格シュミレーション表には、「平成四年には本件ワラント価格が上昇し、一二、一三ポイントになり、売却によつて利益がえられる見込みもあると思う。」旨の田中の書き込みがなされている。

右の事実からすると、田中は、原告から苦情の申し入れがあつた後も、本件ワラント価格が上昇するとの誤つた判断を行い、原告に本件ワラントの早期の売却を勧めるとの的確な助言をしていないと認められる。

ワラントについての基礎的な知識がない原告が田中のこのような助言によつて売却の機会を逃したとしても、それによつて原告自ら損失の拡大を招いたとするのは、相当とは思えない。

したがつて、原告の損害は、本件ワラント購入代金相当額である七一六万五七二五円と認めるのが相当である。

五  争点5について

説明義務違反のところで認定した田中の説明不足や誤つた説明内容、これによつて原告が誤つた判断をして本件ワラントを購入するに至つたこと、以上に本件ワラント固有の問題点や原告の属性など一切の事情を考慮すると、本件においては過失相殺をするのは相当ではない。

六  本件不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は七〇万円をもつて相当と考える。

第四  結論

よつて、被告は、原告に対し、金七八六万五七二五円及び内金七一六万五七二五円に対する平成三年五月八日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。

(裁判官 武田和博)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例